vol.7 日本一フェアなフェアーで感じた、スレスレの攻防

先日ちょっとしたイベントがあった。

何かと毛嫌いされることの多い「カッツケ」にスポットをあてたイベントで、発起人は僕と「スギタツ」。そう、あの「スギタツ」。まさかの「スギタツ」(笑)

 

カッツケの難しさ、両ダンゴの面白さ、メーター規定によってもたらされる弊害等、いくら力んでみても説得力を持たない僕なんかじゃなくて、スギタツも一緒なら聞く耳を持って貰えるワケでね。ボランティアで参加していただいた。

「トーナメント=セット」みたいな図式は、そういう季節と会場だから仕方ないんだけど、釣りってそれだけじゃないよね?っていう。そもそも、「ヘラ釣り=トーナメント」じゃないんで、前から良く言ってるそういうものも含め、僕じゃなくてスギタツなら負け惜しみにならないもんね。なので彼に代弁してもらいたかったワケ。実際に彼は僕の意図するところを見抜き、共感してくれたからこその協力だと思うし、イベントの前後に、彼は彼なりにSNS等で思いを語ってくれている。

 

「沢山釣ることだけが目的ではない」と前置きしながらも、道を究めんとする修行者であると自覚するならば、準備は常にしておくべきである。スギタツが言う「釣ってナンボ」の真意はそこだろう。競技に身を置くのであれば、たまたま現在主流のレギュレーションにおいてのみ、通用するテクニックを磨くのは如何なものか、ということ。チャンピオンだから言えることかもしれない。いや、チャンピオンでもなかなか言ってくれないことだからこそ、トーナメント偏重のイマがあるように僕は思うけどね。いろんな遊び方をしてみたくとも、時間的・経済的な要因から来る釣行回数の差や、経験年数にも依るのは理解した上で、目先の釣果でのみ人を量り、入り口に立っただけなのにヘラを語るカブレた輩にノーと言いたいのであって、「楽しみ方は人それぞれ」なことは百も承知。釣っても偉かない。だから、ヤリタイ奴だけ来い!だったし、参加表明した方へは、言い訳できないほどギッタギタにしてやる闘志に燃えていたスギタツだったし、イマドキのトーナメンターの参加を心待ちにしていたのである。短時間勝負ではないからこそ、残酷な結果がもたらされるかもしれない。それでも来られる度胸がある奴は来い!っていうね。…漠然と「白黒付けたい」お年ごろ。現在は、技術的にも体力的にも精神的にも、彼の釣り人生の中で最もアブラが乗っていた、と振り返ることになる時代の筈だ。

 

とまぁ、勝負に拘りはするものの、僕が知っているスギタツは所謂トーナメンターではない。夕暮れ時、ウキが見えなくなって太陽を恨む「釣りバカ」の部類。そんな彼が危惧しているのは、「現在トーナメンターと呼ばれる人達は、本当にヘラ釣りが好きなの?」ってとこだろう。ヘラがいるかいないかも判らない釣り場で竿を出せるか否か。そういうところでも判るように思う。

僕は良く乱暴な書き方をするけど、なんのために釣りをしているんだろう、と。心ササクレさせるためにやっているのなら、賭場にでも行けば良いのにと思う。その根性もなく、勝った・負けたに拘って自分を大きく見せようとする小物。だったら釣りでなくてもいいんじゃないかってね。かろうじてヘラブナ釣りだけが人とコミできる手段であり、そこでちょこっと魚が釣れる人たち。それしかないから、そこにこだわっちゃうワケでね。そのうち「釣りは哲学」って話も書く予定だけど、哲学する途中に競技あり、道具道楽あり、ってことですよ。競技の中にも量目あり、長寸ありだしね。時には仲間とワイワイ、旅行のオマケに成り下がる日もあるでしょう。釣りの本質なんてどうでも良くて、釣り糸を垂れる風景として切り取ることだけが、ただただ大事なシーンだって、人生にはある筈です。

 

さて、本題はここから。

参加人数で計られても困るんだけど、いろいろ考えてみても、スギタツと僕は大成功だったと思っていました。

でも、問題が起きたんです。…後から。

実は今回、完全自己申告制の枚数勝負っていうのをやってみたんです。缶コーヒー賭けて5枚先取りとかって皆さんやると思うんですけど、まぁ5枚くらいならお互いの釣果を意識できますよね。間があくと5枚でも危険な日もありますが、まぁ何とかってところでしょう。それが今回3ケタですよ。300枚は前プラで無理だとわかってましたが、それでも200を目指す釣り。おそらく業界初。前代未聞の試みに、あり得ないという外野の批判が凄かったんですね。

スギタツはよっぽど楽しかったんでしょう。ニンジンが全くぶら下がっていないイベントに、これだけ純粋に夢中になれる環境がまだあったことも嬉しかったのかもしれない。継続してこのイベントをやっていく決意とともに、自身がインストラクターを務めるメーカーのWebにも結果を載せましたから、ローカルな話題があっという間に全国に知られるところとなったワケです。Facebookで告知した時点でそれなりのインパクトはありますが、匿名希望さんの声が入ってくる可能性はWebより少ない。

…まぁとりあえず、厳密な競技性が担保されていたのかって批判には、素直にスンマセンと言うしか無いですね。コレはFacebookで投稿したのかスギタツとのチャットなのか記憶が曖昧ですが、カウンターを押し忘れちゃったり押しすぎちゃったりってのもあるだろう、と。それでも自分が納得できれば後から自信持って調整すればイイ。短ハリスがスタンダードな現在、「おつくり」も頻発するだろうけど、イチイチ確認求めなくてイイよって。ひたすらロスタイムを減らして300釣るべ!と。そういうノリだったんですね。ぶっちゃけ、少々誤差があったってイイじゃないかって。そもそも自己記録に挑戦が本来のテーマであって、勝ち負けじゃないんだしってね。参加者それぞれのフェア精神に期待するなんてのがアマいというかアオいというか、そういう批判は受け止めます。ただね、インチキできる土壌を提供して罪作りだと言うなら、そもそもヘラ釣りってフラシを出そうが検量機だろうがインチキデキマクリじゃんと言いたいですし、インチキの現場を押さえてから批判しろよ、ということになりますね。次回は見に来い、審判を買って出ろよ、と。スレどころか、竿を曲げてもいないヘラまで数え放題は、いくらなんでも言い過ぎですよ。

僕は今でもあの日の参加者全員を、信じています。自分の釣りに夢中で他の方の釣りをほとんど見ていませんが、結果から逆算できる腕前を、参加した彼らは今後全員要求されていきます。結果を解説する、説明する義務が一生ついてまわるワケです。ウキやハリ、竿の長さの選択に始まって、エサ付け、振り込み、アワセ、取り込みまでの一連の所作。どれだけスピーディにこなせるか。乱暴に、ではないですよ。基礎部分が確立した上ではじめて、当日ならではの係数(確率)を掛けて算出されるのが、カッツケの釣果です。スギタツだから釣れるんだ、なんて意味ワカンナイ解説は、もう皆さん聞きたくないでしょ?誤解を恐れずに書けば、カッツケには、大きな意味でエサ合わせなんて無いですよ。スギタツの言葉じゃないから説得力ないけど、ワンパターンでOK。エサ合わせというより、ほんとに微調整な幅の世界です。もちろん、寄せれば釣れるワケもなく。あの日は、そんなことも理解できずに100枚釣れる地合では無かった。素直に教えを請い、上達するチャンスをフイにしてまで、インチキ勝負に拘ったバカが居るとは思いたくないですね。偽りの数字に塗り固められてしまえば、後戻りはできません。恥をかいても自業自得です。罪作り?ふざけんな、です。

 

最後にスレ取りについてね。最近の若い人は知らない方も多いと思いますが、ヘラ釣りは元々スレありが出発点です。メジャーと呼ばれるトーナメントだってそうですよ。それが競技性を高める過程でスレなしへと変わっていった経緯があります。 入門書を読むと、東西で多少の温度差(時間差)はありましたが、ヘラ人口のウェイトが関東に偏って決着がついたようですね。そんな歴史を踏まえた上で、つまらない話は聞きたくないので、僕はちょっと前まで管理でもスレありでもいいじゃんって論調でした。野釣りはスレありだしってね。もっともソレって、審判が居ないから無理っていう寂しい話ではありますが、みんな同じルールなら問題無いワケでね。ただ最近、また競技の釣りを夢中でやるようになってみて、やっぱスレはナシだなぁと思ってます。冒頭画像の中の、記事の通りの理由ですね。

正直な話、若いころの僕にも苦い思い出はあります。微妙すぎて迷うケースとか、アヤシかったんだけど、確認しようと思ってとりあえず掬ったらもうハズレているケース…とかね。天使と悪魔が耳元で囁いて。結果、捨てられることもあれば、インしてしまったこともあります。でもね、そんなことしても結局、崩れます。メンタルな部分もそうですが、合っていない釣りでヨシとしてしまったら、その先がありません。もしその日はごまかせても、未来に繋がりませんからね。

スレを捨てられない人の多くは、魚釣りを「他人との競技」だと思っている人です。そこを乗り越えると、スレはあっさり捨てられるようになります。自分との戦い、なんてんじゃなくて、ヘラに失礼です。相手が人間なら強姦だもんね。

まぁ自分で納得できれば良いと思いますけど。言葉のアヤですが、アヤシいのがタモの中で外れちゃったら気分的にアウト(セーフ)で、ビッグワンで皆の注目を集めておいて、寸前にバレちゃったんだけど、間一髪掬えたのはラッキー(アウト)ってルールもよくワカラナイですし。

僕は若い頃、まだ誰もやってない短ハリスでさんざん辛い思いをしました。「おつくり」の連発は、大先輩にはなかなか理解してもらえませんでした。開き直りは大事です。とはいえ、バックも背ビレも堂々と入れれば良いって話じゃないですよ。それはもはやビョーキです。指摘される前に卒業して欲しいと思いますね。ひとりでひっそり続けることは可能でしょうが、基本的に表舞台から追放されてしまいます。そういう人を沢山見てきました。まぁ、そんな方でも、ナリーズでは受け入れても構いませんけども。

指摘する方も辛いです。誤認逮捕も怖いですから、勇気が要ります。僕は過去に何度か指摘していますが、嫌な思い出はあります。そのうちの一人は、ヘラを去られました。よく視えていなかったんだと言い訳をしておられました。若い僕は「んなバカな!」と思っていましたが、僕も老眼になってみて判るフシはあるんですよね。掬った時は、たしかに食っていた筈なんだけど、外す段階で、え?という理由でリリースするって経験ほど悔しいものはないですよ。タモ入れの瞬間からピントが合っていないと起こります。まぁ、僕の眼はもう、他人を指摘することは出来ないですね。

 

2015.7.13 江成 公隆

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